【インタビュー】 病気で諦めてしまった願いを叶えたい。
医師がつくる旅行会社「トラベルドクター」とは?
「病気や障がいで旅行に行けない、でもどうしても旅行に行きたい…」
トラベルドクターは、病気や障がいを抱えながらも旅行へ行きたい人の願いを応援するサービスを提供する旅行会社です。
今回は代表であり、ご自身もトラベルドクターとして旅行の支援をされている伊藤玲哉さんにお話しを伺いました。
病気があっても旅行ができる医療を作りたい
━トラベルドクターの成り立ちと、どういったサービスを提供しているのかをおしえてください。
トラベルドクターは『病気で諦めてしまっていた願いを叶える、医師がつくった旅行会社』です。
かつて私が医師として医療現場で勤務をしていたとき、現在の医療では治すことのできない病気を抱えた方との関わりのなかで「自分が医療者として何ができるのか」ということを常に悩みながら過ごしておりました。
ある一人の重い病気を抱える患者さんから「どうしても最後に旅行に行きたい」と言われました。しかし、医師という立場ではどうしても叶えることができず、その方は最期までご自身の想いを叶えることができないまま亡くなられてしまいました。
本人の想いを叶えてあげられなかった悔しい経験から、つらい治療を続けて治すことが最優先なのではなく、「本人の願いを叶えること」が最も大切だと思ったのです。
さらに、いま目の前にいる患者さんだけでなく、重い病気や障害であっても「旅行をしたい」という願いを叶えられない方が、世の中に多くいるのではないかと考えるようになりました。
たとえば(自分が旅行なんて行けるわけがない)と諦めてしまっていたり、(周りに迷惑をかけたくない)と思って言えなかったり、行きたいと思っていても(できるわけない)と決めつけてしまっていたりとか…。
そんな想いをめぐらせていくうちに、病気で諦めていた旅行や、その人の願いを叶える医師になろうと思ったのです。「病気があっても旅行ができる医療をつくろう」という想いで立ち上げた、それが「医療」と「旅行」の架け橋しになる「トラベルドクター」です。
幼少期の経験、父親の存在、母親の死を経て
━そもそも、どうして医師にはなりたいと思われたのでしょうか。
トラベルドクターInc. 代表 伊藤玲哉 様
理由は3つあって、1つは自身が小さい頃に喘息(ぜんそく)を患っていたことです。ほぼ毎晩のように発作が起きてつらかったですし、何度も入院しました。発作が起きると夜は眠れなくて、ひどい時には死んでしまうのではないかという怖い経験をし、小さいながらに「病気ってつらいな」と日々感じながら過ごしていました。
2つ目は、医師である父の背中をみて育ったことです。小さな診療所でいわゆる「まちのお医者さん」のような存在でした。夜になると喘息(ぜんそく)で辛くなるので、私は「何とかしてくれ」と寝ている父を起こすのです。すると、いつも父が吸入器を準備して口元に当ててくれて、それを吸っていると気持ちがとても楽になりました。次第に症状が治まって、「治ったよ、ありがとう」と伝えた時、ふと父の背中の大きさに安心感をおぼえ、辛い時にそばにいてくれる存在ってとてもありがたいなと感じました。いつか父みたいな医師になりたいと憧れるようになりました。
3つ目は、私が5歳の時に母が亡くなったことです。突然亡くなってしまったのですが、小さいながらに人が亡くなるってこういうことなのだな、2度と帰ってこないんだなと、人生の早い段階で人を失う経験をしました。そういった幼少期の自分自身の経験、父親の存在、母親の死、という3つがあって、自分が何になろうかと考えたときに、自然と医師を目指したいと思うようになりました。
医者という選択肢ではなく、トラベルドクターを選んだ理由
━お話を伺っていると、そのまま医師を続けられていてもいいのではないかと、ふとおもったのですが…。
最初は父の病院を継いで、医者として地域医療をやろうと思っていました。
しかし、今の医療では治すことのできない病気を抱えた患者さんを目の前にして「自分ができることって一体何だろうか」と、医療現場にいながら、少しずつ自分の無力さを感じるようになりました。
医師として病気にフォーカスを当てて、病気のことは1番わかっているつもりでも、その人の人生は病気だけではありません。治療を通して一人ひとりと、どこまで向き合えているのかを考えるなか、必ずしも治療や延命をすることがゴールではない方に対して、「本人の想いに応えられていない」と感じるようになりました。
たとえば、本人が歩きたい、食べたい、遊びたいとおっしゃった時に、私たち医師は病状が悪化しないよう防ぐ役目です。
入院をされていれば「転ぶかもしれないから歩かないでベッドにいましょうね」とお声がけして、それでも歩くと、すぐに対応するためセンサーマットをつけます。立ち上がると、走って止めに行って「立ち上がっちゃダメですよ」とお声がけします。それでも立ち上がると、次は身体抑制があって、手足にミットがついて、その次は、手足を縛られて…挙句の果てには、腰ベルトを付けて、もうベッド自体に括り付ける。全てがそうではありませんが、私には今の「させない医療」を象徴しているように思えます。
ご本人は誰かに迷惑かけようとしているわけではありません。転ぼうと思って歩こうとしているわけでもありません。自分の足で歩きたいだけなのに「あなたのため」と何もさせない医療を提供してしまっている。表面上は「患者さんのため」ですが、もし転んでしまったら医者や病院の責任になってしまう。ご家族から訴えられるかもしれない。いつしか患者さんのためではなく、自分のために止めてしまっている自分がいるのではないかと、理想と現実のギャップが強くなっていきました。
本人がやりたいことをさせられないということは、ある意味その人の自由を奪っていたり、その人の生き方を否定してしまっているように思います。
もちろん医者のままでいた方が安定はしていましたが、この違和感を抱えながら続けるのは嫌だなと思い、自分が実現したい医療に力を注ぎたいと考えるようになりました。
クリニックではなく、旅行会社という旅行のプロに
━ご自身が理想とされるクリニックを経営することはお考えにはならなかったのでしょうか。
もちろんクリックをつくることも考えました。自宅でご飯を食べる、ベッドで寝る、お風呂に入るなど、日常を取りもどすことが目的であれば、在宅診療で十分だと思います。
しかし、私が医療現場で聞いてきた願いはそれだけではなかったのです。
温泉に入りたい、あそこの景色をもう1度見たい、あの人にもう一度会いに行きたい、お墓参りをしたい、娘の結婚式に参加したいなど、家や病院では実現できない願いがたくさんありました。私がクリニックを立ち上げたところで、叶えることのできない願いです。
もちろん、「行っておいで」と言うことはできますが、「どうやって行くの?どうやればいいの?」と聞かれた時に、「自分で考えて」と返すだけでは、結局それは解決できていないのと同じだと思うのです。
左:看護師 沼田様、右:旅行医 伊藤様
さらに私が医師の立場だったら、毎日、何十人、何百人という方の外来を見たり、家に行ったり、緊急で呼ばれたりということがある中で、1人の方の旅行に同行することはできないでしょう。そう考えたときに、診療所を立ち上げてしまったら自分の願いは叶わない、むしろ大事なことは、同じ想いをもっていらっしゃるドクターや病院の方と連携をすることだと思いました。
旅行に行きたいことに対して困っているのは、患者さんやそのご家族だけではなくて、実は医療者も困っています。旅行に行きたいという言葉を聞いたけれど、どう叶えてあげればいいかわからない、どこに相談したらいいかわからないのです。
当時、自分自身もそこを課題に感じていました。全国にいる先生たちと連携をして、旅行に関わる部分は全部ここに任せてくれればできるよという役目を担うことで、もっとたくさんの方の願いを叶えられると思っています。
だからこそ、クリニックではなく、旅行会社という旅行のプロになるべきだと考えました。
旅行は日常を豊かにしてくれるもの
━旅行はもともと好きだったのですか?
そうですね。旅行はもともと大好きです。
47都道府県すべて旅をしました。大学生の時も10代で中国へ一人旅したり、20代はアメリカとかメジャーなところはもちろんですけど、ブラジルを放浪して野宿したりもしていました。旅行はいろんな世界を知ることができるし、いろいろな人との出会いから、自分らしさみたいなものも知ることができます。非日常が豊かだと日常も豊かになりますし、いままでの旅行の体験は、自分にとって大きな存在です。
創業3年目にして100人もの願いを叶えることを達成
━今、トラベルドクターを立ち上げて何年目くらいですか。
2020年の12月24日に立ち上げたので、今ちょうど2年終えて今3年目に入りました。
━立ち上げから今までで、何回くらいの旅行を支援されてきたのでしょうか。
ご相談はこれまでに200件くらい受けてきて、100名位の方の願いを叶えることができました。
余命2週間のお客様とそのご家族、自分の夢が叶った熱海旅行
━特に印象に残ったエピソードを教えてください。
1番印象的だったのは、70代の男性で、余命2週間の診断を受けた末期がんの男性の旅行者です。その方は、もともと闘病中もよく家族旅行をされていました。ある時、急に容態が悪化して、その時に行こうと思っていた旅行をキャンセルされたのですが、その後、体調が落ち着いてきて、「あの時行けなかった旅行にもう一回行きたい」と相談をしてきてくれました。
旅行先は熱海でした。東京から介護タクシーと新幹線を乗り継ぎ、思い出の熱海へ。
海を見たり、温泉に入ったり、娘さんとお孫さんと同じ時間を過ごしました。その時の、海を見るときの表情だったり、温泉に浸かった時の気持ちよさそうな表情だったりを見ることができたとき、自分がすごくやりたかったものが叶った瞬間でもあったし、その方が本当に実現したかったことが叶った瞬間に立ち会えて、本当に嬉しかったです。
その時は、病室で見る顔とは別人のような表情でした。もちろん鼻に酸素の管がついていたりとか、尿の管がついていたりはするんですが、それを差し置いても1人の人に戻った瞬間でした。生き生きとされていて、患者ではなく、その人そのものに戻れたと感じました。
その方は2週間後に亡くなられましたが、ご家族もすごく晴れ晴れとされていて、残される家族にとっても、すごく意味のある旅行だったのだと感じました。お孫さんも、最初はただ見てるだけだったのが、車いすを押してくれたり、旅行中に積極的に関わってくれるように。ご家族にとって、熱海という土地がただの観光地ではなくて、「おじいちゃんとのちょっと特別な場所」という風に世代を超えて受け継がれていくと思います。
旅行は旅行者のためだけでなくて、関わるすべての人にも意味を持たせるものなんだと気づき、これが私の目指したい医療だと改めて実感した旅行でした。
病気の重さや老若男女問わないサービスを目指す
━ご利用者の多くは、医療行為が必要な方なのでしょうか。
はい、がんの方などが多くいらっしゃいます。場合によっては軽症な方もいらっしゃいます。
トラベルドクターは、どのような病気でも、どのような方の願いでも叶えるというところを目指しています。これまでは看護師や介護士、旅行会社が、不安で躊躇していた部分を、トラベルドクターだからこそ叶えられる方たちがたくさんいると思っています。終末期の方や重度の病気の方、難病の方など。
もしかしたら旅行中に亡くなるかもしれないけれど、その時が来ても対応できる、そこまでできるのは日本にいま私たちしかいないと思っています。
━重い障害を持った方もいらっしゃるのでしょうか。
いらっしゃいます。寝たきりの方や難病の方だと、旅行に行くのはむずかしいですし、若くして旅行に行けなくなってしまった方や、一度も旅行に行ったことがないという方もいらっしゃいました。
旅行者の方をさりげなく見守るデバイス、まもる~のとの出会い
━今回、見守り機器を探されたのはどういう理由からなのでしょうか。
お客様の旅行をしたいという願いを叶える中で一番大事なことは、安全性だと思っています。
万が一に備えるためには、ありとあらゆることを想定しなければいけません。しかし、それでも初めての挑戦だからこそ、どれだけ仮設を立てても旅行中に不測の事態は起きることがあります。だからこそ結局は「常に人がいないといけない」というのが私達がやってきたことでした。
これまでは、寝ずに夜中でも常に人が寄り添って、眠れているか、呼吸ができているか、ベッドから落ちていないか、人の目で見守りをしていました。
しかし、それは大変なことです。ただでさえずっと気を張っている中で、何日も見守りをします。最初はそれでもなんとかやっていましたが、次第にむずかしさを感じるようになりました。
小さな活動であればそのままでもよかったのかもしれませんが、日本中、すべての人の願いを叶えるとなったときに、ちゃんと仕組みにしないといけないなと考えました。
また、必ずしも人の力だけでやらなくてもいいのではないかと考えました。人がいるからこそ、常にスタッフが見ていないといけなかったり、旅行者の方が気になって眠れない、旅行者の方が遠慮されてしまったり、「なんでいるの?」と気になってしまうと本末転倒だなと思ったのです。
そこで、さりげなく夜間の見守りができて、自分たちがその場にいなくてもちゃんと異変に気づける見守りのデバイスを探し始めようと考えました。
━展示会などで探されたのでしょうか。
そうですね。センサーの形や形状、どういう測定ができるか、測定方法、あらゆるものをうちのスタッフと検討しながら探しました。どういうものがあるのか見ていく中で、だいたいは病院だったり施設で使うものとか、大掛かりなものは工事が必要だったりして、旅行にも使えるものは意外と少ないのが現実でした。
最初はナースコールも考えましたが、向こうからの発信だけに頼ってしまうとどうしても取りこぼしが出てしまいます。ちゃんとこちら側からも見ることができて、使用感がなく旅行にも馴染む、かつ取り付けが簡単で精度の高いものを、1年以上探していたときに、「まもる~の」に出会いました。
━実際、まもる~の を使ってみた率直な感想を聞かせてください。
非常に素晴らしいです。旅行中に必要なデータ(脈拍数・呼吸数)が全部そろっていて、精度もあるし、それでいて見守りが過剰すぎないところもいいと思います。あれだけシンプルに知りたいものを知れる。しかも、それが旅行中という特殊な環境下であっても取り付けやすく、見守られる側の使用感もなく見られるというのは、とても評価しています。
━ご家族の理解は得られそうでしょうか。
はい、得やすいと思います。
基本的にしっかり準備をすれば、夜間は何事もなく朝を迎えるケースが多いです。一番こわいのは、急な立ち上がりによるケガや転倒なので、それに対して「まもる~の」の通知で対応できること、ちゃんと寝ていることが確認できること、そして大まかな呼吸などのバイタルが見えていれば充分です。デバイスを置くことでこれだけコストも下がるし、見守る側も旅行者のも安心して過ごせる。
やはり、ご家族だけの大切な時間、水入らずの時間も必要だと思うので、とても理解を得やすいと思います。
見守り機器を活用して今以上に多くの方に旅行支援を行いたい
━今後、見守り機器を活用してどのようなサービスを展開されていくのでしょうか。
左:ZIPCARE 坂本、右:旅行医 伊藤様
まずは一人ひとりの旅行に対して、現場のスタッフが別室から見守るということを想定しています。最終的には医師の遠隔化を目指しています。トラベルドクターはまだ全国に1人しかいない一方で、必要としている方は数百人もいらっしゃる状況です。
今後、医師が各拠点に1人ずつ配置できるように準備を進めています。現在は、関西に支部を立ち上げようとしていて、今年には実現する予定です。理想は1日に何万人という病気や障がいを抱えている方も安心して旅行をしている世界です。
医師がいるという安心感を、旅行をする全ての方に感じてもらうために、医師が遠隔で見守りを行う体制は早急につくりたいと思っています。1人の全国のどこかにいるドクターが、24時間体制で常にその旅行中の方のバイタルなどを見守りながら、方針を立てられる。
夜間には、遠隔で見守りつつ、現地のスタッフはしっかりと休息を取り、異変があったらすぐに現場のスタッフに対応してもらう。
たくさんの旅行を実現できる環境を整え、軽症な方から重症な方まで気兼ねなく旅行ができるよう今後も支援を続けていきます。
関連記事
杉山 貴子
介護ロボットメーカー勤務。カスタマーサクセスを担当。
介護に関するコラム記事を執筆中。