【インタビュー】
山梨大学医学部が「まもる~の」を用いた研究を開始
データをもとに「新たな緩和ケア」の方法を模索する
今回は、山梨大学附属病院の緩和ケア病棟にて「まもる~の」を用いた科学研究を実施される、山梨大学医学部麻酔科:飯嶋哲也病院教授にお話しを伺いました。
- 飯嶋教授プロフィール
- 山梨大学附属病院緩和ケアチームの創設メンバー。
婦人科開腹術後症例300症例を対象とした術後鎮痛※1に関する臨床研究を論文化して学位を取得。
専門分野:緩和医療学、術後疼痛管理システム。
※1 手術後の神経組織の損傷や損傷部位の炎症反応などによる術後痛の痛みを鎮めること。
はじめに
「まもる~の」は、利用者のベッドのマットレス下に設置したセンサーで、ご利用者の脈拍・呼吸、睡眠・離床、部屋環境を可視化し、変化をケアスタッフに知らせるシステムです。
ご利用者の状況をリアルタムに把握することで、訪室のタイミングを最適化。安眠を妨げることなくケアができます。
また「まもる~の」によってセンシングされたデータを分析することで、ご利用者ごとの健康状態を把握することも可能です。
業務負担の軽減やよりきめ細やかなケアを実現します。
「まもる~の」を用いて「新たな緩和ケア」を研究したい
平成28年3月に開設された山梨大学医学部附属病院緩和ケア病床は、これまで2年6か月間に120余名の患者を緩和ケア病床において看取った実績がある。
━ これから行われる予定の研究について教えていただけますか。
末期がんの痛みで苦しむ方々に対し、少しでも痛みを和らげて過ごしてほしい。
そういった想いから、「まもる~の」のデータ分析を活用して、「痛みを緩和する新たな方法」を模索したいと考えています。
緩和ケアについて少しお話をすると、死亡診断を受けるまでの過程で、どれだけ苦痛を少なくできるかということを追い求めるのが、緩和ケアの重要な仕事の1つです。
しかし緩和ケア病棟では、本人が自分らしく日常生活を過ごせるように心電図や血圧計は通常付けません。そのため医師は、本人が亡くなる過程で実際にどれくらいの苦痛を取り除けているのかは、表情などの見た目や身の回りの雰囲気でしか判断できないのが現状です。また、亡くなるまでにどのような生理学的変化が起こっているのかが記録された研究はほとんどありません。
今回の研究では、利用者に束縛感を感じさせることなく、医療機器に近いレベルのデータを取得できる「まもる~の」を用いて、生理学的変化をモニタリング、実状とリンクさせて比較を行います。そして、「痛み」を感じているときの生体反応を分析し、新しい緩和ケアの方法を模索していきます。
これまでの経験や意識の有無によって異なる痛み
━ 人が感じる痛みを計測するセンサーは、世の中にないのでしょうか。
はい。意外かもしれませんが、まだありません。
たとえば、手術を行う時、痛みを感じないように全身麻酔をかけますよね。全身麻酔とは、鎮静剤や筋弛緩薬※2などの薬を投薬し、「動かない・意識がない・痛みがない」状態にすることを指します。
※2 神経・細胞膜などに作用して、筋肉の動きを弱める医薬品。
しかし、手術のときに実際に痛みを感じているかどうかは、本人にしかわかりません。
もちろん痛みが生じたときに脳波の動きなどの生体的変化は起こりますが、当の本人が痛いと感じているかどうかはまた別の話です。
たとえば、肌に針を刺したときに普通の人ならば「痛い」と感じるでしょう。しかし、痛みを感じる神経線維が欠損していなくても、ほとんど「痛い」と感じない人も中にはいます。同じ太さの針を、同じ様に同じ深さで同じところに刺しても、非常に痛いと感じる人と少し痛いと感じる人、全く痛くないと感じる人がいるのです。
その人がどのくらいの痛みを感じているかを客観的に図る手段は現在ありません。
痛みの感じ方は、その人が生きてきた環境的要因や文化的要因など、様々なものが絡み合って形成されています。
━ 痛みの感じ方は人それぞれなのですね。
そうですね。実は「意識があるときの痛み」と「意識がないときの痛み」も全く異なります。
たとえば、バラのトゲが指先に刺さったとき、一次求心性繊維という体の刺激センサーがはたらきます。その後、刺激は指先から腕へと、感覚神経を通って、脊髄(せきずい)の少し手前にある同じ細胞体へたどり着きます。その細胞体が、「刺激が来たぞ!」という信号を脊髄、そして脳へと伝えて、刺激を認識するというシステムになっています。
- 侵害刺激
- 痛みをもたらし組織の損傷を引き起こすような刺激
その人にとって有害な刺激が来たことは、このように脳へと伝えられるため、脳波の動きで刺激を感じていることはわかります。
しかし、それを本人が実際に「痛い」と感じているかどうかはまた別の話です。
先ほど説明した信号が脳へ行っていても、「痛い」と感じない状態にしているのが全身麻酔です。もしも「痛い」と感じていても表現することはできません。筋弛緩薬をつかっていると、顔をしかめたりすることもできません。それなのに、鎮静剤と鎮痛剤を投与し忘れていたら拷問のようになってしまいますよね。実際に過去にそのような医療事故も海外では報告されています。そのため、現在は専用の脳波解析装置によって意識レベルを点数化することで、麻酔が確実であることが確認できるようになっています。
「痛み」に関する研究は奥が深いです。
「監視されている」感なくデータとして可視化できる点を評価
━ 今回の研究で「まもる~の」を選んだ理由を教えてください。
利用者のベッドのマットレスの下にセンサーを敷くだけなので束縛感がなく、「監視されている」と感じさせない点が良いと思いました。また、介護施設向けとしてつくられており、心拍数や体動の動きをデータとして可視化できる点でも、今回の研究に非常に有用でした。
分析するための材料として「まもる~の」から得たデータを活用
━ 可視化したデータはどのように用いるのでしょうか。
まもる~のデータ表を研究用にカスタマイズ
たとえば、人が亡くなる直前の呼吸数は徐々に少なくなるのですが、どのように呼吸数が少なくなっていったのか、体動や心拍数はどうなっていたのか、どれほどの痛みを感じていたのか、これまでは確認する方法がありませんでした。
これから行う研究では、「まもる~の」から得たデータを用いることで、様々なデータを可視化し、痛みを感じている時と感じていない時など、様々な状態の比較・分析を行うことで、よりよい緩和ケアを実現していきたいと考えています。
━ 分析するためのデータなのですね。
そうですね。そのデータをどう解釈していくかというのがこれからの研究の課題です。
蓄積されたデータは基礎データとしても使っていきたい
━ より正確なデータを求めるのであれば、脳波計なども有用かと思ったのですが。
そこは折り合いをつけるところですね。正確なデータを取るために、外部からの電波が全く届かないようにして、脳波計を用いて脳波を取るということも病気の診断の必要に応じて行ってはいます。しかし、そこまでの正確さを緩和ケアの研究に求めることはできません。これから亡くなっていくという方に対して、「研究にご協力いただくために脳波検出に来てください」というのは、現実的ではありませんし倫理以前の問題です。
その点、「まもる~の」は利用者に監視されているという感覚を感じさせることなく、ご本人らしく過ごしてもらいつつ、データが取れるプロダクトとして非常に優れていると思います。
━ 本来の緩和ケアを変えることなく、研究できるものを探されていたのですね。
そうです。「まもる~の」がなければ、今回の研究は実現することはできないと考えています。
「まもる~の」であれば、センサーを直接体に装着する必要がないため、被検者の尊厳を守りながら、バイタルサインのうちの2つである「脈拍数」と「呼吸数」を追うことができます。これまでは見ることのできなかった緩和ケアを受けている方たちのデータを見て、「従来の苦痛の評価方法との関係はどうなっているのだろう?」と考察することはとても意義のあることだと思います。そして、様々な状況の方のデータが蓄積されていけば、様々な状況における苦痛の緩和を行うときに役立つ基礎データにもなると考えています。
おわりに
亡くなっていく方の苦痛をどのようにして取り除くかを追求する緩和ケア。
これまでは被検者の尊厳を守りながらどのようにして生体的変化に関するデータ取得するかが課題でしたが、今回の研究では、「まもる~の」がそれを可能にしました。「まもる~の」で取得したデータと、実際の様子を比較、考察することで「新たな方法での緩和ケア」の誕生が期待されます。
飯嶋教授の今後の研究の展開に、ぜひご注目ください。
画像参照
杉山 貴子
介護ロボットメーカー勤務。カスタマーサクセスを担当。
介護に関するコラム記事を執筆中。